【小さじ一杯分のユーモアまじえた自己紹介】ちゃいよーって誰?

僕はいま、森の中にいる。
木々や小鳥たちが
「ちゃいよー、自己紹介記事かいてよ」
と語りかけている気がするので、(完全に気のせい、いや、木のせいか)
自己紹介文でも書くとしよう。
ちゃいよーは、現在23歳のしがないフリーター(フリーランスのwebライター)である。
幼少期の記憶は定かではないが、とにかく落ち着きのない、元気な少年であったらしい。
小学1年生時には、授業中、先生の話には目をくれず、ずっと後ろの席にいる友達と話していたため、「うめたりょうへい、うしろをむかない」と名指しで書かれた注意書きが、黒板に貼られていた。僕の人生は常に前を向いているというのに。
そんな落ち着きのない、世話のやけるやつ(あと、クッキーくらいは焼ける)だったのだが、小学校高学年になると、なぜかリーダーというリーダーになりまくった。野球チームのキャプテン、委員長、音楽会の指揮者など。
周りの影響から、中学受験をした。俗にいう、記念受験。
結果として、たまたま(下ネタ)受かったので、私立の中高一貫校へ入学することに。
中学では、最寄り駅から学校までのマンホールの数数えたり、バスに降りる際本来は「ありがとうございました」というところを「オリゴ糖食べました」といったり、「おばちゃんと毛虫」というおばちゃんが上から落ちてくる毛虫をひたすらかわすゲームでスコアを競いあったりするなどして、友人らと高尚な遊びを楽していた。
勉強面でいうと、英語検定準2級をとったり、円周率小数点下100桁覚えたり、百人一首を暗記したり、サルバードール・ダリした。
野球でいうと、中学1年時には外部のクラブチームに所属していたが、大人の事情によりチームが解散SMAPかよ)
2年時からは中学野球部に所属。引退するまで、思うような結果が出なかった。出たのは、うん○だけ。
一応、3年時には副キャプテンを勤め、引退後は高校野球に向けてトレーニングの日々。
そんなこんなで、中学生活を終えた。
中高一貫教育のうまみ成分を味わうが如く、受験いらずで高校進学。
もちろん、高校野球部へ。高校の野球部は、全道大会に何度も出場している強豪校だ。
あきらかに僕のレベルにあっていない。レベルが不釣り合いな様、「ちゃいよーに強豪校」ことわざにありそうだ。
下手くそなりに、野球漬けの日々を送った。
クラスの男子らが女のケツを追っていたころ、僕は白球を追っていた。
みんなが自分のバットを振っていたころ、僕はリアルなバットを振っていた。
朝練をして、昼休みに練習をして、放課後はチーム練習、帰宅後は自主練をして寝る。そんな毎日。
勉強は全くしなくなり、成績はビットコインの如く、急落した。
とはいえ、野球で結果を残せた訳ではない。残ったのは、悔しさだけ。
2年の秋は代打キャラとして奮闘するも、結局、高校3年間背番号をもらえることはなかった。
その理由は明白、何しろ肩が弱すぎた。じゃんけんやあっち向いてほいは強いのに。
天は二物を与えないものだ。
高校野球を通して、人生初のざせつを味わった。
ざせつの味が本当に存在するならは、きっとほろ苦いものに違いない。
高校野球部時代の話をすると、言葉の底なし沼にはまってしまいそうなので、今回はこれくらいにしておく。
野球部引退後は、友人に誘われ、一時的に合唱部に所属。3年生にとって最後の合唱コンクールを控えていたものの、男性パートが足りていなかったため、僕を含む数名が助っ人として駆り出されることに。
野球部の同級生の中では一番のオンチ(一番伸び代アリ)だった自分が、だ。
野球部のウォーミングアップでは、「ワッショイ〜 ワッショイ〜」といった掛け声だったが、合唱部のウォーミングアップでは、「なー」やら 「おー」やらさまざまな音色でひらがな1文字を連呼するスタイルだった。
ひらがなを一文字連呼活動の日々を1ヶ月ほど送り、
あっという間に、コンクール当日。
ビブラートの如く、心を揺らし、フォルティッシモの如く、力強くに歌った。
歌い終えると、野球とはまた違ったスタッカートな気持ちに。(心境が行方不明)
その後、大学受験を控えていたため、勉強モードへ。当時は、教師になろうと考えていたので、教育大へ進学しようと思っていた。
ただ、その思いは急に大きく変わることになる。
ある日、某教育大のオープンキャンパスにいった。
授業のカリキュラムの説明や、教育大生から直接話を聞いた。
そこでふと、違和感を覚えた。
「何か、違う」
僕は直感で、教育大への進学を変更することにした。ひょんなことから、学生の半分が国際留学生という九州にある某私立大学への進学を決意。
それからというもの、英語学習のかたわら、友人らと「聖地」と呼んでいた公園で遊ぶ日々。
(聖地での一枚)
また、学校では昼キャッチボール部なるものを結成し、昼休みはよくキャッチボールしていた。きたるイチロー選手との対戦(来世)に向けて、肩をつくっていた。
まぁ、なんやかんやで、僕は高校を卒業。
長年住んでいた、地元の北海道札幌市を離れ、いざ九州へ。(全道が泣いた)
大学があるのは、大分県別府市。温泉と人情とちゃいよーの街だ。
1年時は、入居者の7割が国際留学生という国際色豊かな寮に住んだ。
寮はシェアタイプで、シェアメイト(タイ人)がシャワーを浴びにいってる隙にデスクトップの背景をエロ画像にしたり、お湯に一味を入れたものをトムヤンクンと偽り他のフロアメイトに飲ませたりいと趣深き遊びに明け暮れた。
長期休暇になると、いろんな場所へイッた。
野球部時代は、守備範囲が狭かったが、僕の行動範囲は広がっていった。
車で北海道一周、四国・中国地方ヒッチハイク旅、東南アジア周遊、韓国カジノはしご旅、クルーズ船旅、東京・北海道間電車旅などなど。
それに、いろんな活動もした。
韓国の友人と漫才、ビジネスコンテスト参加、フィリピンの路上でクッキー売り、カンボジアでボランティア、エアビーのホストとして半年で100人以上招く、台湾で1ヶ月ニート、海外インターン、美女と社交ダンス、カンフー、謎の病気で入院、女装、美大の国際交流イベントに潜入、無人島キャンプ、セブ島で現地大学のスポーツフェスティバルに乱入、農家バイト、各種イベント主催などなど。
みなぎる好奇心と性欲から気の向くままに行動した結果、いまに至る。
(シンガポールでの一枚)
おっと、尿意が押し寄せてきた。ここらへんで、自己紹介記事を締めておこう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

北海道出身の新卒フリーランスWebライター。某国際系大学卒業後、某ITベンチャ企業の内定を辞退し、フリーランスに。ライター業を営みながら、海外を転々としている、ノマドワーカーってやつ。いまはインドネシア(5ヶ国目) に滞在中〜。趣味は、旅・読書・語学・映画鑑賞・筋トレ・心理学などなど。