【少数派のススメ】僕は少数派でありたい。

イランカラプテ〜

どうも、ちゃいよーです。
基本的に世の中は多数派のためにデザインされた世界
多数派の人間が決断し、多数派の人間によって世界が作られてきた。
選挙が最たる例であろう。世の中の多くの決断は、選挙のように「多数決」で決められる。
多数決の背景にある考え方は、「功利主義」だ。功利主義を形容する言葉として、「最大多数の最大幸福」という言葉がある。
ようは、「できるだけ多くの人が、できるだけ幸せになろう」とと言った考え方だ。
※専門的な話になってしまうので、功利主義に関する詳細は割愛する。
じゃあ、多数決が正しいのかといえば、必ずしも正しくはない。
少数派が正しくない訳でもない。
ただ、少数派は、少数派であるが故に、特有の違和感を覚える。
ちなみに、僕も生まれ持って世界中の人類の1割しかいない少数派だ。
なぜなら、

 

 

 

僕は左利きだから。

左利きは世界中の人口の10%〜12%しかいないと言われている。

れっきとした少数派だ。

右利きの人にとっては当たり前で気づかないことだが、左利きだからこそ覚える「違和感」がある。

例えば、漢字は構造的に左手で書きにくいし、駅の自動改札は右側に切符を挿入するところがあるため、うごきがぎこちなくなってしまう。

左利きだからこその違和感、そして「気付き」がある。
もちろん、少数派は左利きだけじゃない。
世の中には、いろんな少数派が存在する。
・日本国内におけるセパタクロー人口(野球やサッカーに比べると少ないだろう…)
・パスポート取得している日本人(日本のパスポート取得率は24%)
・LGBT(諸説あるが、日本では人口の8%説が濃厚)

などなど。

少数派に属することで、上記にあげた方々は多くの気付き・発見があるはず。

ここで、僕の究極の少数派エピソードを紹介しよう。

今から4年ほど前のある夜、フィリピンのクラブで、とある女性と知り合った。
その女性は小さな村に住んでいた方で、後日、女性の村を訪れることになった。
村は山に囲まれており、村民の肌の色は、こんがり焼けていた。
そこに、僕が足を踏み入れたのだ。村民らは、物珍しそうにジロジロ僕をみていた。
彼女いわく、僕がその村に訪れた初めての外国人だったそう。当時の僕は超少数派状態
高床式の村長の家でくつろいだり、崖登りをしたり、野生のグァバをかじったりした。
その村にとっては崖に登るのが多数派だし、野生のグァバをとって食べるのが一般的だ。
でも、僕にとってはそのどれもが違和感の塊だった。
「違和感」を別の言葉でおきかえると、刺激や新たな発見といえよう。
少数派は、何かしら違和感を覚えていたり、生きづらさを感じて生きている。

けど、少数派だからこそ感じられる美しい世界がある。

僕が今回紹介したエピソードはたまたま少数派側になったけれど、自分で拮抗する2つの選択肢があれば迷わず少数派の選択肢を選びたい。

現に僕は今後フリーランスとして生きていくことに決めた。これも少数派の選択肢の一つ。

冒頭で述べたように、世の中は多数派によってデザインされた世界だ。
だからこそ、少数派になって、違う視点で世界を眺めてみてはどうだろう?
そこには新たな気付き、新たな世界がある。
少数派の美しさがそこにはあるのだ。

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    北海道出身の新卒フリーランスWebライター・エッセイスト・ブロガー。某国際系大学卒業後、某ITベンチャ企業の内定を辞退し、フリーランスに。主にライター業を営みながら、国内外を転々としている。旅に読書に映画にサウナ、それに執筆の日々。