ゴッホの絵を目の前にして抱いた違和感

イランカラプテ〜

どうも、ちゃいよー(@Ryohei_Chaiyo)です。ニューヨークに滞在中〜。

近代美術館に訪れた際にとった一枚の写真

ゴッホの絵「星月夜」に群がる人々。皆さんは、この写真をみて何か違和感を覚えないだろうか?

僕は大きな違和感を抱いた。なぜゴッホを絵を目の前にしてゴッホの絵をみずにスマホやカメラで写真を撮っているのだろう。

そのとった写真を後から見返すことはあるのだろうか。結局、見返すこともなく無駄に容量を食うだけかと。

そもそも、ググればゴッホが書いた絵の写真なんていくらでも見つかる。しかも、自分でとったものより質の良い写真が。

じゃあなぜ人々はゴッホの絵をみずして写真をとるのだろう‥。有名人ならわかる。SNS上にアップする用としての写真。

ただ、一般人がゴッホの目を見ずしてまで写真をとる必要性は一切感じない。少なくとも僕はそう思う。

不思議だ。リアルなものに対し、自ら非リアルなフィルターをかけてしまっている人々ばかり。

現実と非現実の境界線があいまいとなり、現実が非現実の世界に飲み込まれようとしている。

この作品の手前にみえる糸杉はヨーロッパにおいて「死」をイメージさせる木だという。ゴッホが精神病院で入院中に描かれたこの作品は、きっと死を意識してたのだろう。

そしてこの作品を目の前にして、現実が死を遂げているのである。

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北海道出身の新卒フリーランスWebライター。某国際系大学卒業後、某ITベンチャ企業の内定を辞退し、フリーランスに。ライター業を営みながら、海外を転々としている、ノマドワーカーってやつ。いまはインドネシア(5ヶ国目) に滞在中〜。趣味は、旅・読書・語学・映画鑑賞・筋トレ・心理学などなど。